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加藤のコラム

加藤のコラム第130号

賞をもらえるならこの賞がほしい

 

勝った負けたの競技は結果と評価が一致するので、そこに厳しさや悔しさも生まれますけれど結果がはっきりする分、納得もできます。でも、たとえばフィギュアスケートやアーティスティックスイミング(以前はシンクロナイズドスイミングと呼ばれていた)などは審査という過程が入るので、審査員にどうアピールするかも競技性のひとつになるのでしょうね。芸術や文学なども審査によって受賞者が決まるわけですが、そういう世界にいたことがないボクは、自分が受賞できないとわかったら「アホ審査員め」と悪態をつく自信があります。そういう世界で頑張ってきた人はきっと達観できているのだろうな。

 

記録や対戦結果ではなく、人間の審査という過程を経るものって、完全に透明ではない部分も出てくるのかもしれませんが、他者からの評価を得たという喜びはあるでしょう。だから、受賞者発表の瞬間には喜びや感動が爆発するのだと思いますし、そうした感情を味わえるうらやましさはあります(そういう経験ないから)。

 

というわけで、空想癖のある加藤は、審査という過程のある賞をもらえるならという想像を勝手にふくらませてしまいました。もらえるならこの三つ。

 

1 日本エッセイスト・クラブ賞

加藤のコラムを書き続けているわけですから(正確にはコラムではなくエッセイと呼ぶべきものみたいですが・・・2022年10月1日「コラムじゃなかった…」を参照)、そりゃこの賞もらえたらうれしいわ。出版もしていないのにもらえるわけもないのですけれど、空想は自由ですから。

 

2 日本アカデミー賞最優秀助演男優賞

主演タイプではございません。もちろん演技を学んだこともございません。だからセリフ一個出番一個で最優秀助演男優賞をとるしかありません。アカデミー賞って受賞者スピーチがあって、スタッフやキャストへの感謝を述べてトロフィーをかかげるというシーンがあるでしょ?あれがやりたい。また同じようなフレーズを書きますが、出演したこともないのにもらえるわけもないのですけれど、空想は自由ですから。

 

3 ベストドレッサー賞

自分の服を自分で選ぶなんてことをほとんどしたことがありませんけれど、そんな人でもなぜかベストドレッサー賞をもらえたら非おしゃれ系人間の奇跡となります。センスもないし清潔感もないけれど、いつもの加藤がいると思わせているからという受賞理由でいかかでしょうか(2022年3月27日「服装は安心させるためのものという加藤理論」を参照)。図々しい話ですし、またもや同ようなじフレーズを書きますが、おしゃれしたこともないのにもらえるわけもないのですけれど、空想は自由ですから。

 

自閉症者地域生活支援センターなないろ  加藤 潔